2020年度 第3回勉強会

福祉と教育、そして障害者雇用について

引地達也氏(一般社団法人みんなの大学校 代表理事)


 10月2日、Web会議サービスであるZoomを用いて、「福祉と教育、そして障害者雇用について」というテーマのもと、一般社団法人みんなの大学校代表理事である引地達也氏をお招きし、勉強会を開催しました。 

講師略歴


 毎日新聞記者、ドイツ留学後、共同通信社記者、外信部、韓国・延世大に社命留学後、ソウル特派員など。退社後、経営コンサルタント、外務省の公益法人理事兼事務局長などを経て、就労移行支援事務所シャロームネットワーク統括、一般財団法人福祉教育支援協会上席研究員として精神疾患者や障害者の支援事業を行う。学習障害者向けの法定外「見晴台学園大学」客員教授、一般社団法人日本不動産仲裁機構上席研究員、コミュニケーション基礎研究会代表、メディア研究者として、幅広くコミュニケーションを切り口に人や組織の活性化に向けて活動を展開している。

日本の現状


 福祉の領域は国の予算と絡んでいるので、新しいことをあまり始められない。そのため、行動するのであれば従来の福祉に対する考え方を変える必要がある。

 今までは障がいをレッテルと考えて、障害を持っていないマジョリティーである社会側から、「できない」人に向けて制度を作っていた。特にそれは教育に表れており、日本の学校では精神・知的障害者にも平等な学びのプログラムが整備されてこなかった。このような状況を受けて、どんな人も同じように学べる場所がこの社会に必要だと考え、後述するみんなの大学校を創立した。

 また、産業の中にどのように障害者を取り込んでいくか、すなわち障害者雇用に関する問題は国にとっても大きなテーマである。しかし、解決すべき出来事が多すぎるため、問題を改善するためのプロセスに対する想像力が欠如しているのが現状である。

 自分は現在記者として、社会正義のために議論し、おかしいことを指摘することと、福祉において問題を打破するという仕事の芯は同じである。どちらにおいても、スマホというメディアのツールを使って、人と良い繋がりを構築し、健康的なメディア活動を行っている。

みんなの大学校に関して


 障害者向けの学校であるみんなの大学校では、精神障害者や知的障害を持つ方、肩の筋肉が動かない重度障害者の子も含めて、等しく学生として受け入れている。

 政府は今、就業移行支援事業所(障がい者を一般企業に障害者就労枠として就職させる訓練を行う機関)を強く押しだしており、全国に3000カ所ほど設立した。しかし、国による運用は厳しいものがあり、実際には民間が就労移行支援事業所を作っている。

 自身も5年前に1つの事業所を立ち上げた。就労移行支援事業所は福祉サービスであり、厚生労働省の枠組み内で運営されるものである。すなわち、国からの給付金によって成り立つのに加えて、各県から監督指導があるのである。しかし、「プロセスに沿ってきちんとやっているか」という面を重視する考えに対して、「人間はロボットではないのだから、指導書通りに行くわけがない」と感じることが多くあった。そして、福祉事業としての就労移行支援施設として運用するよりも、教育のための施設として役立てたいという気持ちが強くなっていった。

 そこで、学びという概念にたどり着いた。教育を担うのは文部科学省の管轄になるが、日本では18歳以降の障害者に学習の場が保障されていない。今でも公民館において生涯学習を提供する自治体は多くあるものの、知的障害者向けの学習プログラムや精神障害者に対する配慮は十分ではない。このように、18歳以降の障害者の方に生涯学習が保障されていないことは、国際基準からみても問題である。

 障害者の生涯学習について考え直すことを目標に掲げ、「どんな人でも同じように学べる」ことの必要性を切に感じた結果、今の「みんなの大学校」を設立する運びとなった。みんなの大学校では、知識を重視する画一的な教育ではなく、十人十色の学びを大切にしている。10を聞いて10を得たいと思う人もいれば、10を聞いて1を得るだけで満足する人もいる。みんなの大学校では、後者のような学びも肯定し、各個人に合わせた学びに重きを置いている。一般的な学校のように、上から下へものごとを受け渡すだけではなく、平等な立場に立って水平型のコミュニケーションをとること。すなわち、全部教えたいという先生の教える側のエゴを捨て、学ぶ側に合っている学習を常に考えながら教えており、その姿勢がみんなの大学校のモットーである。

障がい者雇用について


 現在の日本では、障害者雇用促進法によって法定雇用率が2.2%と規定されているものの、この規定を達成している企業は約半分に過ぎない。省庁が障害者の雇用率を実際より水増しして報告した問題もあったように、日本では障がい者雇用があまり進んでいないのが現状である。

 その原因として、障害者を雇用する目的が正しく認識されていないことが挙げられる。障がいを持つ人を雇用するのは、本来みんなが平等に働けるような社会を作るためであるべきである。しかし、障害者雇用促進法では法定雇用率や罰金など、数字だけの管理が行われており、障がい者を法定雇用率達成や報奨金目的で雇用する例が多いのである。このように、障がい者と生産性を結び付けられないコスト意識が存在する構造を変えなくては現状が改善されることはない。大切なのは、「障害者とともに働いている」企業自体の価値を認めることである。

 学びには、教養(Being)・知識(Doing)・実学(Having)という3つの種類が存在する。就労移行支援事業所で行われている訓練は、障がい者雇用のプロセスのなかで、資格を身に着けて仕事する実学を押し付ける傾向がある。しかし、Havingは働く動機がないとすぐに挫けてしまう。自分の有りたい姿、すなわちBeingをしっかりイメージし、知識を実践(=Doing)した結果、欠けているものの必要性を理解して初めて生まれるのがHavingである。就労支援をするのであれば、障がい者の方が3つのステップを踏んで、最終的にどうなりたいのかを考えながら自発的に活動できるよう支援すべきである。

まとめ


 障がい者の教育や雇用においてよく使われる「ケア」という単語は、もともと介護保険制度のために使われ始めた言葉である。お互いに支えあって生きる人間の在り方を定義した「ケア」という言葉は、いつしか強いものから弱い者への施し、つまり上から下に物を与えることを示す考え方を強めてしまった。

 今後インクルーシブでダイバーシティな社会を望む声がどんどん大きくなっていく中で、障がい者雇用や教育を構築しなおすことが大切だ。ケアという考え方の本質を見直し、水平型の関係性を普及させていきたいと考えている。

質疑応答


Q1.いわゆるマジョリティの意識を変えなくてはならないと感じますが、水平型の教育を浸透させようとすると返ってその違いが浮き彫りになることは往々にしてあると思います。引地さんは、マジョリティの方に対してどのようなことをするのが必要だとお考えですか。また、引地さん個人レベルでは将来どのような取り組みを考えているか教えて頂けますか。

A1.自身が大事にしているのは当事者、つまり学生の声です。教育だけ、運動だけ、政治だけをやっていると当事者から離れて行ってしまう。ボランティアや人との交流を経て「当事者の話を聞くこと」の大切さを感じ、何者でもなかった自分だからこそ常に相手の立場に立って考え、行動する姿勢が大切だと感じています。

 

 

Q2.法定雇用率もある中、金銭面で問題を抱えやすい中小企業が雇用を進めるにはどうしたらよいでしょうか。

A2.中小企業では人数が限られていて障がい者雇用への対応力が無いことが問題だと考えています。解決策としては、自治体によるジョブコーチや福祉事業所の定着支援を積極的に活用するように、外部のリソースを頼り、自分だけで解決しようとしないことが大切になってくるでしょう。

 

 

Q3.当事者の方々の就労への意欲に関して伺いたいです。

A3.人によって千差万別です。皆が切実に「働きたい!」という気持ちを持っている訳ではありません。昔働いていた人は、「昔はできたのに今なぜできないのか」と感じることもあり、また元々働いていない人が「働けるかな?」と不安に思うこともあります。基本的に重度の障がい者であれば、障害者年金が支給されます。生活に困らない人もいるため、一般の人とは感覚が違うかもしれません。「働いてみたい」という好奇心から就労支援を受ける人もいれば、周囲に言われて働こうとするパターンも多くあります。

所感


 相手の立場に立って、当事者意識をもつことは常に難しいことだと思います。特に、多くの学校では学力至上主義のような環境が用意されていて、勉強ができなければ叱られたり悲しい思いをしたりすることが少なくありません。もちろん勉強も大事ですが、外の世界を見ることの大切さや自分の存在意義を考える機会など、若いころから様々な経験を積まなければ、多様な価値観を受け入れられるようにはならないのではないかと感じました。特に、慶應義塾大学にいる学生らは小中高と同じような環境で過ごした人も多いでしょう。自分が見たものがこの世のすべてだと思わないように、自分が知りえないことがたくさんあることを肝に銘じて日々精進していきたいと思いました。

 改めまして筒井様、本日は貴重なお話をありがとうございました。

 

文責:学部2年