2019年度 春合宿グループD

地方創生~貢献する農業~

堀口健治氏(日本農業経営大学校校長)


 2月13日、国立オリンピック記念センターで「地方創生~貢献する農業~」のテーマのもと、日本農業経営大学校校長の堀口健治氏をお招きし、勉強会を行いました。

講師略歴


 早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、東京大学大学院博士課程中退。鹿児島大学や東京農業大学で教鞭をとる傍ら、東京大学で農学博士を取得。その後、早稲田大学政治経済学部教授、同学部学部長、同大学常任理事、同大学副総長などを歴任。また日本農業経済学会の会長も勤めた。早稲田大学を退職後現在は、同大学政治経済学術院名誉教授、日本農業経営大学校校長、6次産業化推進協議会座長を務める。

日本経済が抱える問題点


 日本の一番の問題点は富の偏在にある。地方の富が大手企業の本社などがある東京へ流出することで起こる地域間格差や、非正規労働者の増加による所得の格差などがこれに当たる。これらが経済発展の妨げになっているのは明白であるにもかかわらず、税金の再分配の役割を持つはずの地方交付税は年々削減されている。また、原子力発電の推進が引き起こす、一部の電力会社による電力供給の独占も大きな問題である。そのため、町興しの一環として地方で電力を起こそうという動きがあるが、残念ながら原発を優先するため電線の空き枠の使用を断られるケースも多い。

地域農業での新たな取り組み その1


 一般的に地方での生産は、大消費地である都会から遠ければ遠いほど流通コストの面で不利である。しかし産地で加工し高付加価値化することで、その商品に占める流通コストの割合を相対的に下げ、「地方」というハンデを解消しようとする動きもある。また、外国人を含む観光客の増加が地方の直売所や道の駅を盛り上げる契機になっており、多いところでは数億~十数億もの売り上げがある道の駅も出てきた。さらに、ITを活用したスマート農業による生産を行うことや、オンライン教育の拡充によって、農業の担い手を創出し、それが集落全体を活性化させるということが期待できる。

地域農業での新たな取り組み その2


 一般に農業に対して3K(危険、汚い、キツイ)というイメージがある。そのため農業従事者の人手不足が深刻であるという認識をもたれてしまうが、必ずしもそうではなく、若者の間で農業を再評価する動きもある。その代表例がイオングループの農業法人であるイオンアグリである。この会社は全国に直営農場を持ち、社員はそこで実際に農業に携わる。求人には定員の100倍近くの応募があり、その多くが農学部に限定されない大卒者で、非農家出身も多い。また、自分で土地を持ち独立就農したいという若者も少なくない。農地を求める若者がいる一方で、自分で農作業ができず耕作放棄せざるを得ない高齢者が存在する。両者のマッチングが上手くいかないことが多いため、マッチングの間市町村が土地を管理する制度や、長野県の里親就農制度など、マッチングを成功させるための取り組みを行っている自治体もある。また、植え付け時期をずらすことで必要な農業機械の数を減らしたり、地域による収穫時期の差を利用した農機のシェアサービスも登場しており、低コスト化などが行えるようになっている。

ITを活用した農業への取り組み


 従来の農業従事者教育においては、簿記などを活用し青色申告が行えるようにしていた。複数の種類の作物栽培(稲と野菜など)をしている場合でも、青色申告ではこれらをまとめて行う。しかし実際はどの作目でどれだけ儲かったかという点が重要であり、作物ごとに収支が行われるべきである。また複数人を雇って農業をしていた場合、その人件費の計算もそれぞれ作目ごとに行うのが望ましい。従来まではこれらの把握は至難であったが、スマホを使って、働いた農場・ルート・時間を記録や管理するといった具合に、ITを活用することで効率的に把握できるようになった。また、従来は同品種のものを同じ価格で販売していたため、高い質のものが一部あっても、高価格帯で販売することができなかったが、現在では高度化されたトラクター(食味収量コンバイン)を使い、水田ごとの微妙な質の差により仕分け乾燥をし値段を分けて販売することが可能になった。

地域で起こす電力


 日本の問題である富の偏在の原因の一つには、一部の電力会社による電力の独占が挙げられる。一見電力供給の一元化は効率が良いように思えるが、その燃料となる石油等は海外から輸入しており、これらは地域産業に利益をもたらさない。一方で、日本には世界でも有数の木材資源や水資源が存在する。これらをうまく活用し、それぞれの地域で自分たちの分だけでも発電できるようになれば、地域内で経済が循環するようになり、地域の活性化にも貢献できる。その取り組み例として、棚田や農業用水路の微妙な落差を利用した水力発電や、サクランボなどの剪定枝を利用したチップ燃焼のバイオマス発電などがある。さらには石油を使わず石村工業が開発した薪ストーブ(1.2mの丸太を入れて8時間以上燃焼可能)を利用した栽培ハウスの例もある。CO2削減に貢献している。

外国人労働者の活用


 近年、ニュースやSNSにおいて、外国人実習生が出身国のブローカーによって騙されたり、悪質な受け入れ先に当たってしまった例など、凄惨な現状がたびたび取り上げられ問題となっている。こうした現状を打破するために、ある受け入れ先では、実際に外国人実習生の送り出し先(カンボジアなど)に出向き、試験や面接、さらには実習生の家族との面談などを行っている。また、実習生の多くが休憩や休暇をきちんと享受しており、むしろ、受け入れ先が地方部に多くあるため、休日の娯楽がないことも問題である。そのため、カラオケなどの娯楽施設を作る必要がある。このように双方ウインウインの関係で外国人が働いているのが大半である。

質疑応答


Q1,非農家出身の大卒者が関心をもっているという話がありましたが、やはり地方では後継者不足ということが問題となっています。その原因にはマッチングシステムが存在していても、農家の方がうまく利用できていないからということがあると思いますが、堀口様は他にどのようなことが原因にあるとお考えですか。

A1,たしかにマッチングの仕組みは増えています。実際に長野県の里親制度が例としてあります。養子縁組で迎えることもあり、5年間かけて技術指導などをします。しかし半数が失敗に終わり、その一番の原因が“気が合わない”ということです。また他にも、完全に譲らないとしても、共同で別法人を作って管理するという方法もありますが、やはり“気が合う”ということが必要になります。他業種だとM&A等がありますが、農家の資産は結構多いため、この方法での新規参入はハードルが高いです。また、マッチングシステムを引き受けたいという申し出は多いが、譲りたいという申し出は少ないという現状があります。いくら譲らざるを得ないとしても、やはり先祖代々の土地を赤の他人に譲るわけにはいかないという農家の思いがあるのです。そこでここにおいても、“気が合う”、“この人に譲っても良い”と思わせる関係を築くことが必要です。

 

Q2,農業において「(六次産業化として)物語を売る」ということについて、堀口様はどうお考えですか。

A2,規格外の商品を売るなども広義の六次産業化に入ります。しかしそれだけではインパクトが小さいのです。去年の六次産業化のコンテストで最優秀賞を飾ったのは、株式会社あいあいファームの沖縄での取り組みです。この会社が行ったのは、廃校をホテルにするとともに、近くの農場を借り受け、そこで取れた材料で本当の沖縄料理を提供するというものでした。このようにトータルとしてサービス(ある種の体験)を提供するというのが、凄く魅力的であるし利益にも繋がります。これは六次産業化の有名な成功例である、伊賀の里モクモクファームの場合と共通します。しかし、このような抜本的な改革まで踏み切れるか、またかかる莫大な費用をどうやって工面するかが課題となります。

 

Q3,ご講演の中で「地域農業と中核都市と連携」というものがありましたが、この連携とは具体的にはどのようなものですか。

A3,例えば棚田のオーナー制度といったものがあります。棚田の採算を合わせることが難しいため、一口地主のように3万円払って棚田のオーナーになる権利を買うのです。オーナーになって田植え稲刈りに参加すると60kg程度のお米がもらえます。このように、地方中核都市と連携して販売したりサービスを受け取ってもらうようにします。もちろん東京などの大都市で行っても良いのですが、地方中核都市のほうが地域に近いということもあって長続きします。他にも北九州市を筆頭としたエネルギーの地産地消の取り組みなどがあげられます。電力会社に売るために地域で発電するのではなく、地域で発電して近くの中核都市で消費するために電力を発電するのです。この発電は風力や太陽光、バイオマスなど、その地域の特色に合わせたものです。

所感


 地方創生の命運を決めるのは地域農業であるといっても過言ではないです。今回のご講演では、そんな地域農業において、様々な試行錯誤が行われていることを学びました。ご講演の中で堀口様が「IT化によって大きく変わるのは農業」と仰っていたように、技術の進歩によって今まで3K(危険、汚い、キツイ)と思われていた農業が変わりつつあります。また豊富な木材や水資源を生かした、地方ならではの発電への取り組みには目を見張るものがありました。特に私が印象に残っているのは、堀口様の教え子さんが行っているというジョイント栽培での梨園の例でした。この梨園では車椅子用の道を整備し、車椅子で座ったまま梨狩りをすることを可能にしています。ジョイント栽培は特許であり、いわば追加の費用を払う必要があるのにもかかわらず、これを採用をすることでよりおいしい梨を作るとともに、車椅子での梨狩りを可能にし、他との差別化を図ったこの経営者の方には、流石としかいえません。

 最後となりますが、やはりこれらからの農業、日本の未来は私たち若者に掛かっています。堀口様のご講演が無駄にならないよう、今回ご講演を聞いたFront Runnerの学生一同がここで学んだ知識を活かし、将来日本各地で活躍してほしいと思います。

 

今回ご講演いただきました堀口健治様、ありがとうございました。

文責:山口 翔太郎