〈5月16日、日吉キャンパスにて「ペット業界の問題点とその解決」というテーマのもと、株式会社エムファクトリー社長白井一基氏をお招きし、特別勉強会を行いました。〉
流通構造に潜む問題
まず白井氏は、ペットがブリーダーの元から家庭にやってくるまでの流通構造に潜む問題点についてお話された。
犬の流通構造は、ブリーダー→オークション→ペットショップ→家庭である。ブリーダーが子犬を繁殖させ、オークションに産まれたばかりの子犬を持っていく。オークションで落札された子犬は一度ペットショップの仕分け所に集められ、そこからペットショップの支店に振り分けられる。そして最終的に各家庭に届く、という構造である。白井氏はペット業界に身を置くなかで犬の流通構造の実態に問題意識を抱くようになったという。
その問題意識とは、犬の流通構造の中でも特にオークションとペットショップに関するものだ。
オークションの問題点は、ストレスと感染症であると氏は指摘する。例えば、神奈川県のブリーダーが子犬を埼玉県のオークションに連れていき、ペットショップに卸すという行程は子犬にとってはかなり負担で、ストレスにつながるという。さらに、長距離の移動のなかで子犬の体力・免疫力が落ち、感染症に罹るケースも少なくないそうだ。流通過程のなかで病気が他の子犬に感染してしまうこともある。そのような悪循環は断ち切らなければならないとお話された。
ペットショップの問題点は、「抱っこさせたら勝ち」商法と情報の不透明性であるという。
「抱っこさせたら勝ち」商法というのは、顧客の衝動買いを誘発させるような売り方である。このような販売方法で犬が売られた場合、犬の性格や体質と家族構成がマッチせず、犬と飼い主の双方に負担がかかってしまうことがあるという。
不透明性というのは、親の犬の遺伝病や飼育環境・ブリーダーの人柄などの情報が顧客に開かれていないということである。例えば、買った子犬が感染症に罹っていたとしても、いつどこで感染症に罹ったのかがわからないという実態があるそうだ。
次に、白井氏はオークションとペットショップにおける構造的な問題をお話された。問題の根底には「可愛さ=小ささ」という顧客の意識があるという。ここでいう「小ささ」とは、犬の年齢の低さのことである。ブリーダーは手元に子犬がいればドッグフードの費用や手間、人件費などがかかるため、できるだけ早く出荷したい。一方ペットショップは、犬が小さいうちに高値で売りたい。客も小さくて可愛い子犬を買いたい。このようにある種の均衡が生まれているが、誰も犬のことを考えていないという問題があるという。社会性を身につけさせてから子犬を販売する、オークションやペットショップを介さないなど、犬にもっと配慮した売り方ができるのではないかという点を氏は1つ目に主張した。
2つ目に、幼齢犬販売の問題があるという。日本では出生後45日経たなければ販売してはいけないということが法律で定められている。これに対して北欧では出荷までに56日経たなければいけないということが法律で定められている。この56日というのは子犬の社会化や免疫力をつけるという点で非常に重要な期間である。にもかかわらず出生後45日で子犬の販売が可能になる日本では、子犬の社会化が完了する前に仲間の犬から引き離され家庭に売られてしまうことがある。そのような犬は噛み癖、鳴き癖などの問題行動を起こしてしまうという。
3年間で変わる
2013年9月に動物愛護管理法が改正された。それ以前の犬の販売方法では離乳が終わったら出荷されていたが、改正後は生後56日を経なければ販売してはならないということが決められた。しかし、ここにも問題があると氏はいう。正しい犬の出生日を申請するかをブリーダーのモラルに頼っており、申請された出生日が正しいものかどうかが疑わしい場合があるということを指摘された。
また改正動物愛護管理法1条4項には、法改正直後の3年間は移行期間として、56日を45日に読み替えるという但し書きが付された。行政はこの3年間の移行期間を、出生後56日を経過しない犬猫の引渡しの禁止規定にペット業界と顧客に慣れてもらうというコンセプトで設置した。しかし白井氏はこの3年間を犬、人、ブリーダーに優しい、新しい売り方を模索するための期間であると捉えた。
そこで白井氏は優良ブリーダー紹介型販売ビジネス「Suite Matching」という新しい売り方でペットを販売することを決心したという。Suite Matchingとは、オークションやペットショップを介さず、顧客がブリーダーから直接犬を購入することができるよう斡旋する事業だ。具体的には、顧客に優良ブリーダーの紹介をし、ブリーダーに代わって販売契約・飼育説明・保険手続きを行い、販売後の飼育のサポートも行う。これにより、子犬、ブリーダー、顧客のすべてにやさしい、健全で文化的な子犬販売を実現したとお話された。
今後の展望
こうして白井氏はSuite Matchingを立ち上げたが、事業を立ち上げた当初は、業界からの批判や販売数の伸び悩みなどに苦しんだという。しかしそれに屈せず、地道な活動を続けていく中で徐々に販売数が伸び始め、一年半ほど経つと結果が出てきたという。健全で文化的な販売システムを広めていくために、今後はフランチャイズなど様々な方法を模索しているとお話された。
転機と財産
最後に白井氏はご自身の人生観についてお話された。氏は高校卒業後、小さい頃からの夢であったトラック運転手になった。20代半ばにはプロのスノーボーダーを目指して山籠もりし、怪我のため引退を余儀なくされた後はペット業界に身を置いた。そして、ペット業界の問題を解決するために独立し、今に至る。白井氏は現在までに人生の転機を3度迎えている。トラック運転手時代に物流の仕組みや現場の状況を学び、スノーボーダー時代にはモチベーションの維持の仕方、プロの厳しさ、自分の甘さを学んだ。また、ペットショップ店員時代は不条理の中でコツコツ努力することの必要性を学んだという。このように人生における転機すべてが、今の財産になっていると白井氏はおっしゃった。
質疑応答(一部抜粋)
Q.ブリーダーと顧客をつなぐ白井様のペット販売方法を実践している企業や人は他にいるのか?
A.インターネットサイトを通じて顧客にペット販売をするブリーダーは存在するが、ブリーダーと顧客を仲介するSuite Matchingのような方法をとっている業者はほとんど存在しない。ブリーダーがサイトを通して顧客に直接売ることも1つの方法だが、多くの場合ブリーダーは販売・接客のプロではなく、また時間的余裕も無い。
Q.白井様のペット販売方法をより広げていくためにはどうしたらいいと考えているか?
A.今のペット業界の仕組みを変えることへの第一歩として、まずは自分と同じ思いを持ち、ともに会社を作っていく人を見つけることが必要。そういった人を見つけ、事業を続けていく中で自分のやり方が文化として少しずつ広まっていくことを望んでいる。
Q.事業を続けていく中で、印象に残っている人との出会いは何か?
A.自分のやり方に賛同してくれる業者や人がなかなか見つからない中で、自分のやり方を認めてくれる方と出会えたことはとても印象に残っている。その他にもSuite Matchingの事業紹介パンフレットの挿絵を描いてくれる方との出会いなど、事業を続けていく中で多くの出会いがあり、そのどれにも感謝している。
感想
今回はペットショップの流通構造の問題という、身近そうですがあまり考えたことのないテーマのお話を聞くことができ、大変有意義な勉強会となりました。ペットを飼っておらずペットに興味がない人がペットをモノと見なすことに対して批判することはありません。しかし、ペット業界にペットを金稼ぎの道具のモノとしか考えていない人がいるという事実はとても悲しいことだと思いました。ペット業界の人たちが皆、白井様のように「優しさ」を強く持っていれば様々な問題の解決に繋がるように感じられました。
個人的には自己紹介の中で白井様がお話された転機と財産のお話がとても興味深く、今後の人生の教訓にしたいと思いました。
今回ご講演いただきました白井一基様、ありがとうございました。
文責:山﨑光将