2018年度 第1回勉強会

お金のカタチ~仮想通貨のこれまでとこれから~

齋藤潤氏(日本経済研究センター研究顧問)


5月18日、日吉キャンパスにて「オカネのカタチ~仮想通貨のこれまでとこれから~」というテーマのもと、「貨幣のイノベーション~仮想通貨の将来、中央銀行デジタル通貨の可能性~」と題しまして、日本研究センター研究顧問としてご活躍されている齋藤潤氏をお招きし、勉強会を行いました。経済に精通なさっている齋藤氏のご講演をお聞きし、通貨の在り方とこれからの社会について見つめる機会となりました。

講師略歴


東京大学大学院経済学研究科修士課程修了後、経済企画庁入庁。国際通貨基金事務局エコノミストや内閣府大臣官房審議官・内閣府政策統括官などを歴任。現在は日本経済研究センター研究顧問や、国際基督教大学客員教授を務める。

仮想通貨を巡る最近の話題


 2014年には「マウントゴックス」破綻、2017年に日本で世界に先駆けて改正資金決済法が施行されるも 2018年の「コインチェック」によるNEM不正流出によりサイバーセキュリティ問題が指摘された。これら事件なども踏まえて、仮想通貨の価値は乱高下を見せている。

ビットコインについて


 2008年に発表された、中本哲史氏による論文が起源。仮想通貨は金融機関を介さない peer to peer取引に採用されており、低い手数料や投資にも利用できること、中央管理者がいないことが特徴である。膨大な取引を管理するブロックチェーンやマイニングといった技術が、記録を改ざん困難なものにし、匿名性を高めることにも寄与している。マイニングは大規模なコンピューターと膨大な電力を消費するため、中国などの電力が安く寒冷な地域で発展してきた。しかし取引所については中国では規制が強化され、現在では取引所が中国から分散している。一方で、取引確定に10分程度かかる処理速度の限界や、新規通貨発行に絶対的上限があること、中央管理者がいないが故の価値の不安定性、分裂の可能性など、課題もある。

ビットコインは貨幣なのか


 貨幣とは、一般受容性を有し転々流通しながら①交換手段としての機能、②価値尺度としての機能、③価値貯蔵手段としての機能の3つを満たすものである。これらの定義全てを仮想通貨は満たしており、偏りはあるが貨幣だと言えるだろう。日本銀行券との違いは、法貨ではないこと、モノでもカミでもない電子貨幣であること、中央管理者や発行主体が存在しないこと、利用が地理的に限定されないことである。

改正資金決済法の施行


 同法では、仮想通貨を以下のように定義する。①不特定の者に対して代金の支払い等に使用でき、かつ、法定通貨(日本円や米国ドル等)と相互に交換できる。②電子的に記録され、移転できる。③法定通貨又は法定通貨建ての資産(プリペードカード等)ではない。

 また、仮想通貨交換業(取引所など)への規制として、登録制や利用者の本人確認を定めている。同法は、世界に先駆けて仮想通貨を支払手段として認定したことで日本での仮想通貨の取引を促進した。しかし、2018年のコインチェック社による NEM不正流出を契機に金融庁が規制を強化し、業務改善命令などの処分を複数社が受けている。

仮想通貨とイノベーション


 仮想通貨には多くの課題も存在するが、規制によって発展を阻害することは問題である。仮想通貨の登場はイノベーションの1つである「創造的破壊」である。現代社会において仮想通貨は破壊的な存在にも見えるが、金融システムや法定通貨、経済取引のあり方を見直すという点において、経済社会発展の源泉でもあるためだ。

 これまでの貨幣は、物々交換から自然貨幣へ発展し、モノの貨幣、カミの貨幣へと変遷し、さらに兌換紙幣から不換紙幣への変化も遂げてきた。近年ではデジタル・データとして電子マネーやクレジットカードも一般的になってきた。そこに仮想通貨が登場し、中央銀行が法定通貨として発行するデジタル通貨の導入が検討されるまでになっている。これらの発展は、フィンテック(情報通信を中心とした最新技術を利用する、金融分野における技術革新のこと)の一環と言える。仮想通貨は、既存金融機関の補完者になると同時に、現在の金融政策や金融システム規制のあり方の根本的な見直しを要求する既存金融秩序の破壊者ともなり得る。

 

中央銀行によるデジタル通貨発行


 中央銀行がデジタル通貨を発行することによって、ブロックチェーン技術を利用した取引費用や時間の短縮、金融政策がより効果的になる可能性といったメリットがある。一方で、インターネットが使えない人に対しての対応や膨大な情報管理、金融機関のビジネスモデルの転換といった課題も存在する。世界では、2014年からエクアドル、2017年からウルグアイ、2018年1月からベネズエラが、中央銀行によるデジタル通貨を発行している。イギリス、カナダ、オランダ、スウェーデンをはじめデジタル通貨実証実験を行っている国も多数存在する。

 デジタル通貨発行実現に向けては、ブロックチェーン技術を利用することが重要だ。しかし、検討課題として、管理者側の範囲設定や結託の防止、私的情報へのアクセス権限などがあげられる。 

ブロックチェーン技術について


 2016年に経済産業省がブロックチェーン技術に関する報告書を発表し、地域通貨や電子クーポン・土地管理・資産シェアリングへの活用・サプライチェーン(製品の原料から加工までの繋がり)の管理などを将来の有望分野として例示した。このように、様々なサービスへの利用が見込まれている。海外においては、主に土地登記への利用を実用化または検討している国や地域も多い。エストニアは電子政府の基盤としても検討を開始している。

まとめ~仮想通貨のこれから~


 仮想通貨が貨幣の主体となるためには価値の安定性が重要であるが、ビットコインのように貨幣量に上限が設けられていると、成長に限度がありデフレに陥ってしまう。したがって、現段階で仮想通貨が法定通貨を押しのけて貨幣の主体になるには弊害が多く、実現可能性は低いと言える。ただし、貨幣は信用によって機能するものであるため、価値保護手段に偏った貨幣として残る可能性はある。また、仮想通貨は社会のイノベーションの一つである。既存の金融システムの見直しを迫っているほか、社会的な取引コストの軽減をはじめとした経済にとってのプラス要因となりうるため、仮想通貨を規制すべきではない。

質疑応答


Q1.現金主義であると言われる日本人は目に見えない仮想通貨に抵抗を感じてしまいがちですが、そのような日本においても仮想通貨は発展するのでしょうか。

A1.少し前の時代までは、交通 ICカードも一般的ではありませんでした。駅員の仕事が減るなど大きな変化でしたが利用が便利になったことは明らかで、その後適用地域・用途の拡大という発展を見せています。これは変化に順応した結果です。変化は可能性を秘めており、実際に使ってみないと分からないことも多くあります。選択肢があって選べるという状況が一番です。

 

Q2.デジタル通貨が法定通貨になった場合、現在の貨幣はなくなるのでしょうか。

A2.現在の貨幣が地下経済を生み、脱税に使われているのではないか、という説もあります。デジタル通貨になると全通貨を管理できるため、消費者の預貯金にマイナス金利をかけるなど、より効果的な金融政策を行える可能性もあります。中央銀行が全ての取引情報を把握可能になることへの懸念や、インターネットへのアクセス環境がない人への対策から、貨幣の全廃ではなく現在よりも減少させる「レスキャッシュ社会」が提案されています。

 

Q3.中央銀行がデジタル通貨ではなく仮想通貨を発行する可能性はあるのでしょうか。A3.中央銀行が仮想通貨を発行する理由があるのかどうかは良く分かりませんが、もし発行したとしても、仮想通貨の利点は銀行を介さず手数料が安いことにあるので、中央銀行が発行する仮想通貨は仮想通貨に淘汰されるのではないでしょうか。

 

Q4.仮想通貨の発展によって新たに発展する分野はありますか。

A4.仮想通貨によって拓かれた分野はたくさんあります。容易な資金調達も可能になりました。一般的に、フィンテックによって、アジア・アフリカなどで、近くに金融機関がなくても経済活動に参加できるようになったり、女性や子供をはじめとした今まで社会参加に壁があった人へのハードルを下げるというインクルージョンが達成されています。仮想通貨にもそうした可能性が秘められていると思います。

所感


 私は今まで仮想通貨について馴染みがなかったことに加え、仮想通貨について耳にする機会はテレビ等のニュースによるものでした。仮想通貨の価値が大きく下がったことや不正流出事件などで仮想通貨を知ったので、仮想通貨の第一印象は実体がなく投機的であるというマイナスイメージでした。しかし今回の勉強会では、仮想通貨そのものや関連する技術の応用可能性について学ぶことができ、先入観を大きく覆されたように思います。齋藤様のご講演の中で「変化は大きな可能性を秘めている」というお言葉がありました。科学や IT 技術が日々大きく進歩する現代において、変化に対応しつつその可能性を探り順応していく重要性を改めて感じました。

 

 今回ご講演いただきました齋藤潤様、ありがとうございました。

文責 法野聡美