10月3日、日吉キャンパスにて「労働市場と働くということ」のテーマのもと、株式会社マイナビ教育広報事業本部キャリアデザイン推進課の羽田啓一郎氏をお招きし、勉強会を行いました。
まず、羽田氏は御自身の経歴についてお話しされた。羽田氏は株式会社マイナビに入社された後、採用のコンサルタント営業として様々な企業の就活に関与し、採用のシステムを作りあげてこられた。2007年に「グローバル人材」が話題になり始めると、日本の学生よりも海外の学生を重視したい、という要望が企業から寄せられるようになり、MIT・ハーバードなどの海外大学で採用活動を始められた。その頃からグローバル採用が本格化し、企業の採用において海外の大学生を重視するようになったそうだ。羽田氏は、この傾向が拡大すれば日本の大学や学生がないがしろにされるのではないかという危機感をおぼえ、2011年にキャリアデザイン推進課を立ち上げられた。採用や就活において、学生側の立場を考えた取り組みを起こそう、と決意したのだという。現在の日本の採用のしくみは非常に混乱しており、このしくみを根本から変えたい、と羽田氏はおっしゃった。
ここで、羽田氏は私たちにメッセージをくださった。それは、「やりたいことは具体的に見つけなくてもいい。その前に“強く”なれ」というものであった。たとえばマッキンゼーの研修では、「曇り空を見上げたら、雨を予測し、傘を用意する」というように、「いま」ではなく「少し先」を考えつつ行動することを教えられる。これは大変参考になる方針で、空模様と同じように日々変化していく現在の環境の中で、やりたいことを無理に見出そうとするよりも、この先の世界がどう変化していくかを考え、自分を磨くという“強さ”を身につけることのほうが大事である、ということを私たちに教えてくれるのだ。
今後の世界の趨勢を予測するうえで、グローバル化とIT化がきわめて重要なキーワードになる、と羽田氏はおっしゃった。
グローバル化とは、単なる「国際化」ではなく、国・言葉・文化の垣根を取り払い「地球全体」という視点で物事を捉えていくことを意味している。実際、いわゆる「グローバル人材」は「国」という概念にほとんどとらわれておらず、東京から神奈川へ行くのと同じ感覚で世界を渡り歩き、地球全体を見渡して仕事をしているのだそうだ。
また、IT化の影響は「第三次産業革命」と称されるほどに大きく、ITの浸透により企業は土地に縛られずビジネスができるようになった。これは、アジア諸国の中でも人件費の高さが突出している日本には不利に働くとのことだ。くわえて日本は少子高齢化のため、現在6400万人いる労働人口が、2050年までには4400万人にまで減り、企業にとってマーケットとしての魅力を失う可能性があるということも問題である。現在、世界にはBOPと呼ばれる最貧困層(年間所得が3,000ドル未満)が40億人ほど存在するが、今後ビジネスのグローバル化が進んでいくことで、2050年までには彼らの多くが中間所得層へ移行することが予想されている。この市場の規模・魅力は日本とは比較にならないほど大きく、諸外国はもちろん、日本の企業ですら日本のマーケットを軽視する風潮が現れはじめているのである。
また、ITはグローバル化を促進すると同時に、既成概念を破壊する側面も持ち合わせている、と羽田氏は続けられた。かつて鉄道の改札は有人であったが、いまでは自動改札が当たり前となったように、現在ある職業もIT化の影響で変化していくことが考えられるのだそうだ。この職業変化で最も分かりやすいのがAppleで、ダウンロード制の導入によりアーティスト発掘の仕事を音楽レーベルから奪った「iTunes」や、これまでのゲーム業界と出版社のシェアに切り込んでいる「アプリ」「電子書籍」などがその例に該当するそうだ。今後グローバル化・IT化がさらに進めば、現在の産業構造や仕事のあり方の大半が変化し、覚えればできる仕事はITや外国人に奪われてしまう。そして、AppleやGoogleの優勢に象徴されるように、強いものはより強く、弱いものはより弱くなる「グローバル封建社会」こそが将来の世界の姿であるとのことだ。
次に羽田氏は日本の現状を話された。昨今、「景気が悪いから就職できない」という声が蔓延しているが、これが間違いであることは2014年度卒業の大学生・大学院生を対象とした有効求人倍率(求人数を求職者数で割った数値)が1.28であることを見ても明らかである。就職できない人が存在する真の理由とは、企業側には日本の学生が魅力的に映っていないことだそうだ。
この原因は日本の教育方法と少子化にあるとのことだ。従来の日本の教育は、問題の答えと解法を暗記させる「つめこみ教育」が主流であったが、これはマニュアルの忠実な実行が求められる製造業が日本経済の軸となっていた時代に合致した教育方法なのだ。しかし、これからのグローバル時代に要求されているのは、新しいものを自分で提案する力なのであり、これまでの日本のスタイルは通用しないのである。また、少子化の影響により、様々な大学が経営的な理由から入試のハードルを下げているため、大学全入時代が到来しつつある。この「マニュアル人間の量産」「高校生の安易な進路選択」という要因が、日本の大学生のレベルを下げ、結果的に就活生の価値を減じているそうだ。
さらには、日本の就活現場では「学生は勉強に集中すべき」という名目のもとで、企業と学生の接点が制限されているため、就職活動をするわずか数ヶ月間で学生は自らのキャリアを選択しなければならない。その結果、学生は就活を効率よくこなす必要に迫られるため、就活マニュアルやノウハウが浸透し、就活生60万人全員が似通ったことをするようになってしまっている。もちろん企業側も就活マニュアルのことを熟知しているため、採用において学生の本心を見極めようと画策しているそうだ。つまり、企業側も学生側も互いに対策しあっているのが現状なのである。
このような就活状況で、きわめて短い期間のうちに自らのキャリアを決めざるを得なかった学生の中には、就職先の職場が当初の予想と違っていることに戸惑う者も少なくない。その結果、3年以内に離職してしまう者が増えてしまったそうだ。この傾向を受けて、学生が将来仕事で活躍できるだけの能力や態度を養成する「キャリア教育」を推進する機運が各方面で高まった。しかし、そのキャリア教育にも大きな問題が潜んでいると羽田氏は言う。たとえば大学などの教育関係者に関しては、彼らの大半がビジネスを経験したことがないため、「ビジネスでのキャリア」に関する議論が地に足のつかないものとなってしまうのだ。また、「学校は就職予備校ではない」という声も存在する。たしかに大学の就職課などは、就職率が入試でのPRポイントとなるため、キャリア教育には肯定的であるが、それも3・4年生に対してのみであって、1・2年生には関心がなく、結局ただの就活対策をキャリア教育と呼ぶ事が多い。また、企業側にも立場があり、、「企業は学生を育成する為の組織ではない」という意見もあるそうだ。このように、現状では「キャリア教育推進」の主体となる組織が存在しないため、既存の枠組みでは日本のキャリア教育問題は解決困難なのである。
そこで学生に持ってほしい考え方が「キャリアアンカー」である。羽田氏が所属する株式会社マイナビのキャリアデザイン推進課では、「キャリアデザインという言葉はもう古い」という考えを大切にしているそうだ。今後どうなるか分からない世界でキャリアをデザインすることが困難になってきたからである。その代わりに有効な概念がキャリアアンカーであり、これは荒波のような世界でキャリアを築く際に、あらゆる環境でもぶれない軸となるアンカー(錨)を打ち立てていくことを意味している。このアンカーとは人生で大切にしていく価値観とスキルのことであり、たとえば価値観には「グローバルに活躍したい」「他人の役に立ちたい」といった想いが該当する。やりたい仕事や就職先を具体的に決めることよりも、この価値観を確立することのほうが遥かに重要で、あくまで職場は「自分の価値観を実現する選択肢」という認識に留めることが大事なのだ。そして、スキルについてであるが、対人交渉力や企画力、プレゼン力といった人それぞれが持つ強みがこれに相当するとのことである。つまり、やりたいことを見つけるよりも、価値観とスキルを磨いていくことが大切なのだ。
ここで、羽田氏は御自身のケースをお話された。羽田氏は大学3年生まで非常に悩みが多かったそうだ。実家が東京なのにあえて関西の大学に進学したり、高校・大学でマイナーな団体に所属したり、昔の洋楽が好きだったり、と行動が全てマイノリティーを志向していたため、大勢の人たちとなにかを共有する経験があまり無く、孤独感を感じていた。
しかし、そんな自分の行動が実は「あえて他の人が選ばないような場所に行き、そこからメインストリームを引きずり下ろしたい」という意志に裏打ちされていたことに気づき、それからは多数派に対して挑戦する道を意識的に選ぶようになったのである。当時の羽田氏は就活中であったが、このことに気づいて、あえて大企業ではなく当時はまだ中小規模だった毎日コミニュケーションズ(現マイナビ)に入社され、様々な会社の採用の仕組みを作ってこられた。入社三年目にして羽田氏は大企業相手に営業するチームに抜擢されるが、既にそこでは大手の同業他社が圧倒的なシェアを誇っていた。しかし、そんな強大なライバルを相手にする時こそ、「彼らの優勢をひっくり返してやろう」とモチベーションが高まったという。やがてマイナビは規模を拡大していき、ついにはメインストリームに位置するようになったのだが、ここでも羽田氏は、自分が多数派に組み込まれないように、あえてマイナビのブランド名のついていない「MY FUTURE CAMPUS」というサービスを社内で立ち上げられた。つまり、羽田氏のキャリアアンカーとは、「多数派に属するのではなく、あえて違う場所から自分なりのルールで物事を変えていくこと」だったのだ。
最後に、羽田氏は現在取り組まれているMY FUTURE CAMPUS(MFC)について話してくださった。羽田氏は「一人でも多くの若者にキャリアを考える機会を創出すること」「意欲と能力のある学生に挑戦と実践の機会を与えること」の実現に向けて活動されている。現状では、学生が自らの価値観を実践する場所はわずか数ヶ月間の就職活動しかないことがほとんどである。この状況を変えるためMFCでは「キャリア甲子園」「企業プロジェクト」といった取り組みをされている。これは、高校生・大学生が一定期間企業からのお題に取組み、企業に向けてプレゼンをする機会を設け、優秀な学生と企業の新しい出会いの場所を創出する、というサービスだ。このように、企業と学生の新しい接点を増やすことにより、杓子定規な形式にのっとった「お見合い就活」から、学生と企業がお互いに評価しあえる「恋愛就活」へと移行することが目標だとのことだ。そして、専門外の領域にも積極的に手を出して自分の幅を広め、価値観と自らの強みを磨き、恋愛をして一人の人間と真正面からぶつかり合う経験を積むよう羽田氏は激励してくださった。
Q、企業の中でも地位の高い人と交渉していくときに、どのようなことが大事だったか?
A、二点ある。一つ目は、目には見えていない部分を読むことだ。顧客会社から依頼を受けた際、彼らの注文を字面通りに解釈するのではなく、その裏の、彼ら自身も気づいていない潜在的な問題がどこに潜んでいるかを探り当てることが重要だ。これは受験勉強では培えない能力で、日頃から、他人から言われたことを一回疑ってみるようにすることで身についていく。また、二つ目は、交渉の場だけで成否が決まるわけではない、ということを認識することだ。交渉の場でのプレゼンテーションなどだけではなく、それまでに交渉の相手方とどんな人間関係を築くことができたかがその成否に大きな影響を持つのだ。ただアイデアだけが優れていても、信用がなければ交渉は進んでいかないのである。
Q、なぜ日本人よりも海外の学生のほうが重視されるようになってしまったのか?
A、まず、大学で勉強する内容が海外と日本では違うということがある。また、海外の学生は大多数の日本の学生と違って自分の強みを自覚しており、どこの会社ならばそれを活かせるだろうか、という発想をする。そして、面接においては、その会社の抱える問題に言及して自分なりの解決策を示すなど、会社に自分自身を積極的に売り込んでいく姿勢を見せるのだ。しかし、日本の学生は志望する企業が求める人物像を調べ、自分をそこに合わせていこうとする。どこに自分の強み・信条があるかを示せない、という要因が大きいように感じる。
Q、就活においてマニュアル外のことをすると、企業にはどう映るのか?
A、業界によって反応は異なるだろう。たとえば金融など、礼儀がビジネス上重要な業界ならば、就活において服装などの最低限のTPOは必要だ。しかし、発言の内容に関しては型破りであることはむしろ歓迎されるだろう。どのような業界であっても、今までにない発想のできる学生が求められているのだ。
Q、「優秀」な人の尺度・定義とは何か?
A、個人的な意見だが、優秀と感じる学生に共通するのは、自分で何かをつくったり、発信したりといった経験がある、という点だ。セミナー等に客として参加するだけの人間と、何かをカタチにしたことのある人間の違いは大きい。自分が主催者側として何かのプロジェクトに携わった人間は、必然的に細かい仕事・地味な仕事を経験している。このような作業は、観客として参加するだけでは決して気づき得ないもので、自分が作業をすることではじめて認知できるのだ。先にも述べたような、「発言の裏を読む」という場面においては、こういった作業の経験の有無は明確な違いとなって現れる。課外活動を精力的に行っていても、あくまで客の側に留まっていたのであれば、表面的な内容の発信しかできないだろう。
昨今の技術革新が日本の就活生をここまで追い込んでいることが衝撃的でした。しかし、そのような状況では自らの価値観を確立すること、強みを磨くこと、主体的にアウトプットすることが有効である、というお言葉がとても印象的でした。これまでは既存の仕事にあわせた価値観を持つことが効率的な時代でしたが、今後は自分の理想や価値観を仕事で実現していくほうがより効果的なのでしょう。そして、この傾向が日本に根づいたならば、マニュアルに従うことを是とされた時代よりも遥かに多様な価値観が現れ、様々なスキルを持った人たちが色々と発信し、挑戦する時代が到来するのかもしれません。この潮流に乗り遅れないよう、様々なアウトプットを試してみたいと感じました。
今回御講演いただきました羽田啓一郎様、ありがとうございました。
文責:東恩納麻州