10月12日、順天堂大学大学院教授、並びに同大学マルチサポート事業「女性アスリートの戦略的サポート事業」責任者である小笠原悦子様をお招きし、スポーツと国民との関わり、そしてその展望についてご講義いただきました。
昨年、日本の女子サッカーチームであるなでしこジャパンが、FIFA女子ワールドカップにおいて優勝した。経済効果は1兆円に上るとも言われ、国内においても大変な盛り上がりをみせた。 その背景には、FIFAのロサンゼルス宣言(*)に基づいた数々の取り組みがあった。2000年より、女子サッカー選手の支援プログラムが立ち上げられ、女子サッカーの人材育成や活動の普及を検討・実行している。文科省も2011年より女性アスリート支援事業を開始し、その委託先として順天堂大学が中心となって女性アスリートの戦略的サポート事業を行い、小笠原様はその事業責任者として活動しておられる。
なぜ、このような運動が活発になっているのか。現在、世界中のスポーツ界のリーダーが、「ブライトン宣言」(1994年の第1回世界女性スポーツ会議の決議文)に基づいて、男女ともに平等なスポーツ文化の創出を目指して努力している。ブライトン宣言においては、「すべての女性が、公平にスポーツに関わることのできるスポーツ文化を構築する」という究極の目標が掲げられている。この目標を達成するために、世界中の女性と男性のリーダーが努力している。様々なカンファレンスにおいて、実際に人が集い話し合いやワークショップを行うことによって、誰にとっても平等なスポーツ文化を作り上げるために必要なものは何かが、明確に伝わることになったのである。
1997年、氏は有名広告代理店において研修生をしており、1998年5月にアフリカのナミビアで第2回目の世界女性スポーツ会議が行われることを知る。そこに参加した氏は、会議に対する欧米とアジアの温度差に衝撃を受けた。ヨーロッパ諸国は、スポーツ大臣や理事長クラスの人々が多く参加している一方、アジアを代表して参加していたのはスリランカの陸上競技のコーチ、シンガポールの若者、そしてご本人を含む日本からのアフリカへの観光客のみであった。明らかに、ヨーロッパとアジアの間には、平等なスポーツ文化の振興に対する意識に大きな隔たりがあった。 日本を、そしてアジアを変えなければという決意が、小笠原氏の心に湧き上がった瞬間であったという。
2001年、第1回アジア女性スポーツ会議において日本オリンピック委員会もブライトン宣言に署名をし、平等なスポーツ文化への取り組みが本格的に始まった。2006年には、氏が中心となり、第4回世界女性スポーツ会議を熊本にて開催した。熊本城でレセプションを行ったり、会議をパブリックビューイング可能にしたりするなど、市民レベルでの参加を可能にした画期的であったこの会議には、700名もの参加者が集まった。氏は会議の最後に、「協働」という言葉を結論として発表した。力にはさまざまな種類があるが、それがひとつにまとまることによって凄まじい力となる。背景にある様々な価値観や考え方をそれぞれ尊重し、力を発揮していこう。そんな思いがこめられた言葉であった。
氏は最後に、1998年に文部科学省より発表されたカナダのスポーツモデル“Canadian Sports for Life”を示した。国民の一生を通じたスポーツをサポートしていこうというカナダの政策である。この政策においては、プロスポーツも、娯楽としての市民スポーツも同じフィールドにある。スポーツに対する多様な価値観の違いを認める一方、男女の違いは線引きされていることが特徴だ。心理社会的・身体生理的に異なっている男女こそ、きちんと区別され、ともに尊重されるべきなのである。 女性アスリートが、アスリートとして持続可能な状態を維持していくために、氏は現在も奮闘している。
アクシデントが重なった中、遠方よりお越しくださり、ご講義くださいました小笠原様に心より御礼申し上げます。本当にありがとうございました。
*…女子サッカーの発展、普及を目指し採択された。女子サッカーが発展するための活動、プログラム、資金援助を増やすことや、 女子のサッカー人口を増やすことなどを掲げている。
文責:中山遥