2011年度 第5回勉強会

働く女性をめぐる政策のこれから

伊岐典子氏(労働政策研究・研修機構 主席総括研究員)


 今回の定例会では、独立行政法人労働政策研究・研修機構 主席統括研究員、伊岐典子様にご講演頂きました。


働く女性の現状


 伊岐様は主にワーク・ライフバランス、ポジティブアクション、企業内労使関係などがご専門であり、今回は「日本のこれから」というテーマで、これからの女性の働き方や、労働環境のあり方などについてお話し頂いた。伊岐様は、ご自身もお子さんを育てながら働いていらっしゃる。  

 

 女性労働に関して話すにあたり、まずはその前提とも言える日本の財政についてお話いただいた。 現在日本の財政は逼迫していて、予算は限られているにも関わらず、高齢者の増加を背景に、特に年金や医療などに係る社会保障関連費が増加傾向にあり、この社会保障関連の歳出は今後も拡大すると考えられる。

 

 一方で日本の出生率はとても低く、増え行く高齢者を支える力の不足が懸念される。その背景にある女性の労働に関して、今回はお話を頂いた。

 

 女性就労者数に関しては、第2次世界大戦後のからの長いレンジで見ると、農業以外で働く女性がとても多くなったと言える。しかも、以前に比べ、働きに出ても、結婚、出産を機に退職してしまう女性は減り、現在は仕事を継続する、もしくは復帰する女性が増えている。それはとても喜ばしい事であるのは間違いない。しかし、その内情は、まだまだ非正規雇用がとても多いと言うのが現状だ。

 

 統計によると、女性雇用労働者の半分以上は非正規雇用者で、パートやアルバイトが多い。社会に出る門戸が女性にも広く開かれつつあるとはいえ、世の中に出た後に、未だ男女の差別が残り、改善の余地はまだまだある。  


 また、日本の女性労働の大きな特徴として、女性の労働率のM字型カーブが挙げられた。これは出産期、育児期にある女性の労働率が落ちる結果として見られる現象であり、先進国でM字型カーブが見られるのは日本と韓国だけだと言う。改善されたとはいえ、依然として多くの女性が職業キャリアの途中で仕事から離脱してしまうため、日本の女性はどうしても男性より勤続年数が少なくなってしまう。勤続年数に応じて昇進する傾向がまだまだ強い日本的雇用慣行に当てはまれば、これは同時に女性の昇進の困難さを示しているといえる。


 

課題だらけの「ワーク・ライフ・バランス」


 これらの問題の根にあるのは、まずもって「育児」の問題である。 育児と仕事の両立が難しく、子供を生むと実際上仕事を辞めなくてはいけないから、子供を生めないとか、子供を生んだから、男性と同じようには働けないので仕事が続けられない・・・というのが、日本の「少子化」や「女性の労働率のM字型カーブ」につながっている。法律で、産前産後休業、育児休業などは認められているが、通常の育児休業が終わっても仕事と育児の両立が困難で退職する人や、産前産後休業をとる前に退職してしまう人も多い。もちろん退職する人の中には自主的に家庭にいることを選択する人もいるが、実に4割の母親が仕事を続けたいのに離職している。大きな原因は、職場の雰囲気からして長期の育休がとれない、時間が合わないということである。もちろん、この問題の解決には、職場や家庭における男性の協力も不可欠であり、先進的な企業では、男性の育休を推奨する企業も出て来てはいる。

 

 海外では、育児などの理由で女性が一般的に高いポストを得られないという問題への解決策が様々な形で講じられてきており、ノルウェーなどでは、会社の役員のクオータ制をとっている。これは、企業の意思決定機関における女性の最低限の割合を規定するものである。

 

 日本は「ワーク・ライフ・バランス」についてまだまだ課題がある。また、社会問題として時折話題にもなるが、保育所の待機児童問題、保育費用の問題、保育所の保育時間などの問題が女性の社会進出に負の影響を与えていると考えられる。

 

 GDP等であらわされる国の経済力は雇用量の影響を受けるため、少子化で働き手となる年齢層が減っていく中で日本の経済を持続的に維持・成長させるためには、女性の就労を促進することにより雇用量を確保する必要がある。そのためにも、女性が働きやすい環境を作ることは必須だ。


 こうした点から、政府の政策の一環として、「ワーク・ライフ・バランス憲章」というものが2007年策定された。男女ともに生き生きと健康に働き、育児等の家庭生活や地域生活等も充実して送ることができるような取り組みを官民挙げて進めることにしている。もちろん男女が平等に力を発揮するための「男女雇用機会均等法」、育児や介護をしながら仕事が続けられるようにするための「育児・介護休業法」なども制定後から段階的に充実が図られている。その意味では女性の働く環境が整え始められている。

 

 

あるべき女性の働き方とは


 最後に、この問題に関し、企業、政府が取りうる対策についてお話頂いた。 

 企業において、女性の働く環境を整えていく事には、実はコストが掛かる。ライバル企業より先に手をつけて競争に不利になってしまう事を考えると、足踏みしがちである。また特定の女性だけのための休業制度等を突出して充実することは、それに当てはまらない人々の不公平感を呼ぶ可能性もある。そこで、このような企業内のワーク・ライフ・バランスの方針や制度を充実させるときには、子供を育てたい女性だけのためでは、例えば自己啓発をして仕事の能力を高めたい男性等幅広く適用できるような制度を作ることが有効である。またそれが企業の生産性の向上につながるような工夫が求められる。日本の企業においては、無用な会議の廃止など仕事の無駄を取り除く等により長時間労働を是正し、環境改善に取り組むことは可能である。同時に、特に中高年管理職層に多く見られる「女性は家を守るもの」という固定観念を打破していく必要もあるだろう。 また、政府では、中小企業へのケアが必須となると考えられる。資金力や労働力で大企業に劣る中小企業は自力で改善していく事は困難であり、政府の助けを必要とするであろうことが想定される。


所感


 男性の圧倒的多数で始まったFront Runnerも、今年度春に新入生を迎え、男女の人数が近くなった。そんなおりに行われた今回の講演会では、女性の働き方に焦点をあててご講演をして頂いた。 これから社会にでる女子学生が、社会の一員としてどのように仕事に取り組むことが理想であるか、実に興味深い話であった。特に、短時間労働に関するお話が、個人的には印象深かった。 また、見過ごしてはいけないことは、女性をめぐる問題であっても、女性だけの問題ではないということである。家庭、職場ともに、男性の協力があってこそ、男女ともによりよく働け、かつ子供を育てることも出来る、というお話に、今後日本が目指すべき姿勢が凝縮されていると感じた。今回この講演を直に聞く事のできた私たちから、将来社会に出た時に、職場のあり方を考えて行けたらと思う。


 ご講演くださいました伊岐典子様、本当にありがとうございました。