3月24日から26日にかけて、フィールドワークの一環として広島県に赴きました。広島城や厳島神社などの観光名所を訪れ、広島の名物を満喫してきました。ただ、それだけではなく、25日には原爆ドームや資料館、慰霊碑等を巡り、過去の惨禍と向き合う学習時間を設けました。今回のフィールドワークは、原爆が現在に投げかける課題について考える契機となりました。
太平洋戦争の末期、昭和20年8月6日午前8時15分、広島市中心部の島病院上空約600 mで原子爆弾は炸裂し、おびただしい光の束が放たれると同時に一つの街は壊滅しました。見渡す限りの廃墟の中、爆心地から約160 m離れた地点に在った広島県産業奨励館は、ほぼ直上から爆風を受けたために完全な倒壊は免れました。その焼け跡が現在に姿を残す原爆ドームです。この痛々しい遺構を目の前にすると、空恐ろしい気持ちでした。
原爆ドームは核兵器の惨禍を人々に伝える象徴として、また、平和の大切さを訴える記念碑として世界遺産に登録されています。近くにはゆったりとした平和記念公園が整備されており、国内外から多数の人が訪れていました。私たちが訪問した際には、手入れのためか一時的に水が抜かれていましたが、公園には大きな池があります。そこは、核の炎に焼かれ、必死に水を求めながら亡くなっていった方々へ水を捧げる場所なのだといいます。池の先では、はにわの家を模した重厚な石の屋根に護られて、慰霊碑が静かに人々の祈りを受け止めています。
この日は、広島の原爆を語り継ぎ平和について考えるきっかけを作る活動をしている学生グループ、Action! for peaceのみなさんとともに平和学習を行いました。平和記念資料館の見学に際しては、自身が被爆者である宇佐川弘子さんに、ピースボランティアとして館内をご案内いただきました。宇佐川さんご自身が聞き集めた当時の見聞には、快活な語り口に打ち消されることのない、喩え難い凄みが感じられました。
その見学後、Action! for peaceの方と一緒に慰霊碑を巡り、国立原爆死没者追悼平和祈念館や周辺の施設を見学しました。原爆供養塔の下には、身元不明あるいは一家全滅のために引き取り手のない遺骨が今でも数百柱眠っているとのことです。昼食をはさんで国際会議場の一室に移動し、被爆者の一人、梶本淑子(かじもとよしこ)さんによる講話を拝聴しました。
梶本さんは女学生として動員されていた先の工場で被爆したそうです。青い光の波に呑まれ、とっさに機械の下に身を隠した直後、爆風に突き飛ばされた所で記憶が途絶。目覚めたのは数時間の後で、がれきの下敷きになっていたといいます。何とかそこから抜け出した梶本さんが目の当たりにしたという悲惨な光景の数々は、とても私に記述できません。
印象的に思われたのは数多くの名前の存在でした。講話の中で多くの固有名詞が呼び出されました。それは怪我をした人や亡骸の名前であり、地名であり、建物の名前などでありました。梶本さんが人の名前を口にする度に、原爆で失われたのは十四万という数字ではなく、それぞれの表情と生活とを持っていた命の一つ一つであることが、生々しく胸に刻まれました。
もう一つ印象的に感じられたのが五感の存在です。炸裂した核の光、焼け焦げた街の臭気、苦しみの呻き、吐き気に襲われながら飲む悪臭の水、焼け落ちた人の皮を踏む足裏のぬめり。梶本さんが克明に語り伝えつつも自身で述べておられたのですが、これらの感覚は言葉では伝えきれません。また、どのようなメディアでもこの五感を保存することはできないでしょう。核兵器のむごさを後世に伝えてゆくためには、言葉による伝承や各種メディアのアーカイブが必要なのはもちろんですが、受け継ぐ者の想像力も不可欠なのではないでしょうか。
宇佐川さんと梶本さんお二人のメッセージに共通する言葉がありました。それは、人命をいささかも軽んじてはならないということでした。しかしながら、これまで核の廃絶が遂げられることはなく、いま世界中の命が核の脅威の下に収められています。今も被曝に苦しむ人がいる同じ世界で、一万発を超える原爆・水爆が炸裂の時を待っています。核の惨禍を繰り返さないため、一層の高齢化が進む被爆者の記憶を受け継ぎ、核兵器の廃絶に向けて行動することが現代の私たちの課題であるといえます。
梶本さんの講話の後には、Action! for peaceのみなさんの提案でヒロシマの伝承について考えました。世代をまたいで親子で学ぶ機会の重要性や、地理的な隔たりを越えて伝承の輪を広げてゆく必要性などが話題に上りました。こうして話し合い、考える機会を設けること自体も確かな一歩といえるかもしれません。
現在の広島市は原爆投下前を優に上回る人口を擁し、その美しい街並みが復興と繁栄を象徴しています。しかし、核の惨禍はまだ終わってはいません。私たちは残された課題と向き合い、自らの行動を考えてゆかなければなりません。
ところで、はにわの家に護られた慰霊碑には、こう刻まれています。「安らかに眠ってください/過ちは繰返しませぬから」。主語を持たぬゆえに読み手の様々な思いを重ねることができますが、あなたはこの言葉をどのように読み上げますか?
文責:井上諒
今回のフィールドワークは、たくさんの方の協力に支えられて開催することができました。平和記念資料館をご案内くださった宇佐川弘子さん、ご自身の被爆体験をお聞かせくださった梶本淑子さん、そして、市内各所の解説やワークショップなどで一日中お世話になったAction! for peaceのみなさんに、心より感謝申し上げます。
参加者一同