Front Runnerは、「学生と社会をつなぐ」という当団体のミッションを達成するため、さらにより多くの方々にFront Runnerの活動を知っていただくため、年に一度団体外部の方々と共に日本のこれからについて考える機会として、公開講演会を開催しております。
今年度は、11月4日に「日本が魅せるモノづくり産業~大田区から世界へ~」というテーマのもと、淺野和人氏を講師にお迎えし、ご講演いただきました。
1974年生まれ。
1998年、京都大学工学部材料工学科卒業。
1998年、将来の起業を視野に当時ベンチャー企業であったカルチュア・コンビニエンス・クラブ(株)入社。2005年、(株)インスパイア入社。製造業への投資および経営コンサルティング業務に従事。
2009年、中小製造業にフォーカスしたコンサルティングを行う「轂(こしき)」設立(代表/現職)。
2010年、(一社)大田工業連合会事務局就任(現職)。
2013年、大田ゲートウェイ株式会社設立(代表取締役/現職)。
日本は、1970年代に高度経済成長を遂げ、「Japan as No.1」と呼ばれるほどの工業大国になった。しかし、1990年代にはバブルが崩壊し、のちに「失われた10年」と叫ばれる時代に突入した。2000年代には、ITバブルの崩壊やリーマンショックが起こった。大手企業は事業の取捨選択を進め、短期的に収益を生みにくい事業を切り捨てる傾向を強め、製造業では、大手企業が手放した研究を引き継ぐスピンアウトベンチャー企業が増加した。「1円起業」などのように、容易に起業ができるようになったことで、技術の知識を持っていたとしても、経営については素人である技術者社長が数多く生まれた。淺野氏は、この2000年代に多くの基礎研究を手放してしまったことで、大手企業は将来の成長の芽を自ら摘んでしまったと指摘する。一方、製造業ベンチャー企業は、有効な支援制度も乏しく、死屍累々の状態であった。
淺野氏は小学生の頃、「日本は加工貿易の国である」と学んだ。日本は、資源の乏しい島国であり、必要な原材料やエネルギー、食料を輸入しなければならない。製造業は、価値を創造することができる産業であり、製造業の活躍のおかげで不足する物資を輸入することができる。また、これから人口減少と共に労働人口の減少も迎える日本にとっても重要な産業であると言える。このように工業は重要な産業であるにも関わらず、将来を憂う事態が起きていることに危機感を感じ、「モノづくりを支援できる仕事をしたい」と考えるようになった。ちょうど同時期、母親の死と、新しい家族の誕生もあり、「(次世代を受け継ぐ)子供達の将来に何かを残す仕事、いいバトンを渡せるような仕事をしたい」との思いを強めていった。
2009年、淺野氏は独立し、「轂」を設立した。轂とはハブ(hub)と同義の日本語で、淺野氏は、民間企業で培った技術や経営の知識、ネットワークを通じて、コンサルティングという形で人と人、事業をつなげるハブを体現した。2010年には、大田工業連合会の事務局長に就任した。「モノづくりの町」として知られる大田区には多くの町工場が存在するが、その多くは下請け企業であり、素晴らしい技術を持つものの経営に関する知識が不足している現状がある。淺野氏は、町工場の人々が経営を学ぶセミナーを開催し、各社の経営力の向上に努めている。2013年、淺野氏は大田ゲートウェイ(株)を設立。日本のモノづくりの重要な役割を担う大田区の技術力やノウハウを結集し、第一次産業などに応用することで生産性の向上を行うなど、大田区の工業力の有効活用と、これによる日本の近代化の遅れた他産業の生産性向上、魅力の向上に尽力している。
大田区には、事業所が約3,500箇所存在し、約36,200人が従事している。製品出荷額は年間5,566億円を超え、東京屈指の工業エリアであることから、「モノづくりの町」として親しまれている。大田区の工業の特徴は、機械・金属加工業が全体の81%を占め、精密加工や難加工に優れていることや、事業所の約8割が従業員9人以下の小規模な町工場であるということである。精密で信頼性が高い大田区の工業は、これまで大企業の下請けを担ってきた。
しかし、事業所数がピーク時の3分の1に激減するなど、大田区の工業には多くの課題があると言える。大企業の下請けとして発展してきた大田区の工業は、自社製品を持たず、また、加工は1社で完結しないことが多い。営業機能を持たない企業も多く、景気が良い時には仕事が大量に舞い込むが、景気が悪い時には営業力を持たないので仕事を取ることが難しい。さらに、大手の製造拠点移転に伴う産業の空洞化や原材料費・電熱費の高騰によって、地域の仕事量が減少、自社の仕事も減少するという構図が続いていた。
「下町ボブスレー」という言葉を聞いたことがあるだろうか。ボブスレーは、2人または4人乗りのソリで、冬季五輪の競技種目であり、欧米では人気のスポーツである。イタリア代表はフェラーリ、ドイツ代表はBMWといった有名企業がソリの開発競争をしている中、日本は他国製の中古のソリを改良して競技に臨んでいる。下町ボブスレーは、大田区の中小町工場が中心となり、世界で通用する国産マシンの開発をしようというプロジェクトである。技術力に優れた町工場の集積を活かし、開発会議での図面配布からわずか10日間で部品が結集した。2012年には女子日本選手権で優勝し、2013年には国際大会へのデビューを果たした。2018年には、韓国で開催される平昌五輪において、ジャマイカ代表チームが採用することが決定している。メディアでも多く取り上げられ、このことは、大田区の技術力の証明にもなり、仕事の調子も上向きになっている。そして、下請けとして大企業の仕事を引き受けるだけではなく、自ら商品開発をすることによって、大田区の技術を発信するPR力や戦略を持つことができるようになる。
日本の食糧自給率は約39%である。世界人口が増加し、将来の食料の需給バランス悪化が懸念される中、食糧自給率の向上は喫緊の課題となっており、高齢化が進む日本においては、今後、少ない従事者で生産性を向上させていく必要がある。現場では農漁業の負荷の軽減や、効率化を目指した開発ニーズが高まっている。この課題に対して「工業の力」が貢献できる余地は非常に大きいと考え、行政や研究機関、生産者等との連携により、漁具等の開発を行っている。
大田ゲートウェイはファブレスメーカーであり、市場ニーズの調査や製品企画、資金調達を行い、製造は大田区の仲間の町工場が担当する。完成した製品は、大田ゲートウェイが営業・販売し、得られた利益は仲間で分配する。このことにより、大田ゲートウェイと町工場は同じ経営目的を持つことができるのである。また、お互いの信頼が強いため、品質・納期を安心して任せることができ、より良い製品を作り上げることができる。
大田ゲートウェイの製品の一つに、漁師が使う道具である「さかな体重計」がある。さかな体重計は、ばね秤を2台併設した構造になっており、右側の秤には出荷重量と同じ重さの分銅が設置してあり、左側の計量秤にさかなを載せて計量を行う。揺れる船上でも、左右の秤の針は波の揺れに同期して上下するため、左右の秤に同じ重さの計量物を載せれば、秤の針は同じ伸び量を示しながら上下する。出荷重量の分銅を積んだ秤の針に合わせるようにさかなの計量を行えば、揺れる船上でも正確な計量が可能となる。船上でさかなの計量を完了し、直ちに氷漬けとすることで、さかなの鮮度を保ち、高値で売ることができるというメリットがある。この技術は、特許を取得している。
製造業分野のベンチャー企業が上手くいかない理由が、6つある。お金がないこと、上手く製品を作れないこと、開発リスクが高いこと、マーケットリスクが高いこと、信用が必要であること、人が集まらないということである。しかし、淺野氏はできない理由を考えるのではなく、どうしたら上手くいくかを考えることが重要であると指摘する。そのためには、物事を分解して考える必要がある。例えば、製品を作るのに一台何千万もする機械が必要であり、お金が足りないという点に関しては、工場を持たないファブレスメーカーになるという選択肢が存在する。また、上手く製品を作れないという点に関しては、製造のプロである町工場の仲間と連携することで解決することができる。
製造業はコストやリスクが高いため、モノづくりベンチャー企業やそこに投資するベンチャーキャピタル(金融)なども少ないという現状がある。しかし、大田ゲートウェイの事業モデルで成功を成し遂げることで、他の企業がその手法を真似してくれれば、1社の取り組みであったものがトレンドとなり、チャレンジする企業が増えれば成功事例も増える。成功を増やす仕組み作りが重要で、そのためには、他の企業が成功を確信して真似をしたくなるほどにまで、事業をやりきる必要がある。「将来に何か残す仕事」をするには、できない理由を探すのではなく、まず一歩目を踏み出し、そしてやりきることが重要である。また、社長が全てできる必要はなく、皆が助け合い、一つになって成し遂げれば良い。夢を持って何かをやり続けることには、素晴らしい価値がある。
Q1.学校のマス教育が、中小企業に与える影響はありますか。
A1.日本の学校教育の良いところは、皆が一定レベルの知識を得ることができるという点です。しかし、テストの問題で「間違えない」「失敗しない」といったことが目的化する傾向もあるように感じています。私は、自分の頭で考える機会を増やし、また、チャレンジ精神を養うことのできる教育が必要だと考えています。
Q2.日本は工業技術のレベルは高いですが、発信力が足りていないのではないでしょうか。
A2.日本人は、一般に英語が苦手であり、発信力が低いというのは事実であると思います。例えば、台湾の中小企業は、内需が小さいため、中小企業でも外国語対応人材を備え、海外へ対応できる体制を整えています。しかし、大田区にはそのような体制がなく、海外企業に学ぶべき点は多いと思います。一方で規模の小さい各社が同じように人員を配置しても非効率となるため、発信力を備えた外部の組織が取り纏めて情報発信・対応するなどの手法があってもいいと思います。
Q3.日本製品は高いので、安い海外製品の方が消費者に求められているのではないでしょうか。
A3.人件費が高いと言われるかもしれませんが、日本の高い技術力や信頼性を求める人も多くいます。技術によって生産性を向上させることは可能であり、そのことによって価値を顕在化することもできると考えています。日本の工業には、まだまだ成長の余地がありますが、その実現には多くの「誰か」のチャレンジが必要です。チャレンジの数が増えれば成功の可能性も高まります。
私は文系の学生のため、「モノづくり」という言葉に馴染みがありませんでした。しかし、今回のご講演から、貿易赤字である現在であっても、製造業は日本を支える基幹産業であるということを再認識することができました。新興国の台頭や国際競争力の低下といった問題がありますが、日本の高い技術力を活かすことで、生産性を向上させることができ、製造業分野の将来性を感じることができました。
また、何か物事に行き詰ったとき、できない理由を考え逃げてしまっている自分がいることに気が付きました。なぜできないのかではなく、どうしたらできるようになるのかを考えることで、解決への糸口を発見することができると思います。私も、自分のしたいことをしっかりと見つめ、活動していきたいと思います。
今回ご講演いただきました淺野様、ありがとうございました。
文責:宮寺ひとみ